“Who am I that I should go to Pharaoh?”(Exodus 3:11)
「私は何者なのでしょう。どうして私がパロのもとへ行けましょう。」(出エジプト記3:11)
モーセは、燃える柴の前で神さまに呼ばれたとき、すぐに従うことができませんでした。若い頃、同胞を守ろうとしてエジプト人を殺してしまい、その失敗から逃げるようにミディアンへと身を隠した過去があったからです。40年もの間、羊飼いとして静かに暮らす中で、自信も力も失い、「自分には無理です」という思いが深く根づいていました。だからこそ、神さまの呼びかけに「私は何者なのでしょう」と答えたのです。モーセは特別に強かったのではなく、弱さと恥と逃げたい気持ちを抱えたまま立っていた人でした。その姿は、私たちが「もう無理です」「逃げたいです」と感じる心と重なります。神さまは、そんなモーセに「あなたが誰か」ではなく、「わたしが共にいる」と語りかけ、弱さを責めずに寄り添われました。
“I will be with you.”(Exodus 3:12)
「わたしはあなたと共にいる。」(出エジプト記3:12)
神さまは、モーセの弱さを否定されませんでした。強くなれとも、完璧になれとも言われず、ただ「わたしが共にいる」と約束されました。逃げたい気持ちがすぐに消えるわけではありませんが、その気持ちのまま歩き出せるように、神さまはそばにいてくださいます。私たちも同じです。自信がなくても、過去にいろいろな事があっても、心が揺れていても、神さまは「あなたの弱さごと受け止める」と言ってくださいます。逃げたい心は、信仰が足りない証拠ではありません。神さまは寄り添ってくださるのです。モーセがそうであったように、私たちも“弱さのまま”で招かれています。
May his presence steady your trembling heart today.
今日、あなたの揺れる心が、神さまの「共にいる」という約束にそっと支えられますように。
音楽 ”逃げたい心”
この曲は、過去の失敗や弱さに押しつぶされそうなときでも、神さまが「逃げたい心のまま」で受け止めてくださることを歌っています。自分では進めないと感じる瞬間に、神さまが「わたしが共にいる」とそっと寄り添い、弱さごと抱きしめて導いてくださる―そんな静かな励ましを込めた一曲です。
音楽 ”逃げたい心”


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