「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した』と言われた。」(ヨハネ19:30)
イエスが十字架の上で語った「完了した」というみ言葉は、単なる“死の直前のつぶやき”ではありません。これは、旧約聖書から続いてきた神の救いのご計画が、ついに頂点に達したことを示す宣言でした。人間は罪を背負いきれず、どれだけ努力しても完全には神に近づけませんでした。預言者たちも、王たちも、祭司たちも、誰ひとりとして“完全な贖い”を成し遂げることはできませんでした。だからこそ、神ご自身が人となり、弱さを持つ私たちの世界に降りてこられたのです。イエスは十字架の上で、私たちが背負うべき罪、恥、痛み、孤独、絶望―そのすべてを引き受けました。「完了した」とは、「もう、あなたが罪を背負い続ける必要はない」という神の宣言です。人間の努力ではなく、神の愛によって救いが完成したということです。イエスは“死んで終わった”のではなく、“救いを完成させてから息を引き取られた”のです。だから、このみ言葉は敗北ではなく勝利のみ言葉。絶望ではなく希望のみ言葉。終わりではなく始まりのみ言葉。私たちがどれほど弱くても、揺れても、失敗しても、神の救いは揺らぎません。なぜなら、救いは、私たちの手ではなく、神(イエス)のみ手で「完了した」からです。
音楽 ”完了した”
この曲は、イエスが十字架上で語られた「完了した」というみ言葉に込められた救いの完成を、静かな合唱の響きで描いた讃美歌です。人間の努力では届かない罪の重荷を、イエスがすべて引き受けられたという福音を、祈りのような旋律に乗せて歌い上げています。弱さや失敗を抱えたままの私たちに向けて、「もうあなたが背負う必要はない」という神の宣言を音楽として表現し、十字架が終わりではなく“救いの始まり”であることを、合唱全体の温かなハーモニーで伝える曲です。
音楽 ”完了した”


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