「さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。」(マタイ4:1)
サタンがイエスを誘惑した。この話を聞くと、誰もが一度はこう思います。「神は、なぜサタンを消してしまわないのか?」、「最初からいなければ、誰も苦しまないのに」と。でも聖書を読むと、神はサタンの存在を“放置”しているのではなく、“制限された形で許している”ことが分かります。それは、サタンの誘惑が、神のご計画を壊すためではなく、神のご計画を“浮き彫りにするため”に用いられているからではないでしょうか。荒野でイエスが誘惑に勝ったのは、ただの勝利ではありません。人間が負け続けてきたサタンの誘惑に、神(イエス)ご自身が人間として立ち向かい、完全に打ち勝つことを示した勝利でした。聖書は「サタンは神の許可なく何もできません。サタンは、神の愛と救いをより鮮明にする“影”のような存在です。誘惑の中で、神の助けと愛が最も深く働くことが、私たちには分かります。」と語りかけています。サタンがいるこの世は不完全に見えます。しかし、私たちは誘惑に弱いからこそ、それに打ち勝たなければならないという、神の教えがより鮮明に見えてきます。
音楽 ”悪魔の誘惑に打ち勝つ”
この曲は、荒野で誘惑を受けたイエスの姿を土台に、弱さの中で揺れながらも神のみ言葉によって闇を断ち切る“静かな勝利”を描いた讃美歌です。誘惑は、主の真理に身を寄せることで自然と消えていくというメッセージを、柔らかな合唱の響きで表現しています。悪魔の甘い声に揺れる心の中で、神が支え、導き、勝利を与えるということを伝える曲です。
音楽 ”悪魔の誘惑に打ち勝つ”


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