神から離れる心 ― 人はなぜ神を拒むのか

神さま

「全能者が何者なので、私たちは彼に仕えなければならないのか。私たちが彼に祈って、どんな利益があるのか。」(ヨブ記21章15節)

人は苦しみの中で、この言葉を胸の奥にそっと抱えます。祈っても変わらない現実、生まれた理由の見えない重さ、報われない日々、そのすべてが神への反発となってあふれ出します。ヨブ記は、この人の神への反抗を記しながらも、それを見過ごすのではなく“人間の正直な叫び”として静かに照らし出します。神は沈黙の中で、この問いを拒まず、怒らず、深く受け止めておられます。祈りの益が見えないと言って人が神から遠ざかっていても、神は人から離れるのではなく、むしろ声にならない嘆きのそばに立ち、揺れる心をそっと抱いてくださいます。もしかすると、人が嘆きながらも神の存在を思い起こすとき、それこそが神との対話が静かに始まる時なのかもしれません。

音楽 ”すべてを包む神の慈悲”
この曲は、祈っても変わらない現実の中で生まれる“神への反発”を、正直な叫びとして描いています。ヨブ記のように、反抗そのものに触れながらも、その奥にある痛みと渇きを静かに照らし出す讃美歌です。神は沈黙の中で人の問いを拒まず、遠ざかる心にも寄り添い、嘆きのそばに立ってくださいます。反発は信仰の終わりではなく、神との対話が静かに始まる機会であるという、その優しい真理を、美しい旋律に込めています。

音楽 ”すべてを包む神の慈悲”

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