「わたしの目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください。」(詩編119編18節)
人には、神も、神の世界も実感できません。目に見えず、触ることができず、科学で測ることもできないからです。だから多くの人は、「本当かどうかなんて、どうでもいい。信じるも信じないもその人の勝手でしょ。」と思ってしまいます。しかし、もし本当だったら―この世界の背後に、私たちの知らない“もうひとつの領域”が広がっているのだとしたら、それはあまりにも衝撃的なことはないでしょうか。聖書は、その見えない世界を信じることを人に強制しようとはしません。ただ、窓のようにそっと開き、神のまなざしや、永遠の気配や、人を超えた愛の光をかいま見せてくれます。本当か、嘘か、人には確かめようがありませが、それでも、もしその光が真実なら、私たちの人生は思っている以上に深く、尊く、意味に満ちているのかもしれません。聖書という窓を通して見える世界は、心の奥にある何かに触れますね。あなたはどう思いますか。
音楽 ”聖書という窓”
この曲は、聖書を“窓”として描き、その向こうに広がる神の世界をそっと覗き込むような静かなまなざしを歌っています。神の実在を証明するのではなく、光の気配や静寂の呼びかけを通して、心の奥にある渇きに触れていく讃美歌です。確かめられない神の領域が、もし真実なら―それが分かった時の心の震えを、美しい旋律に込めています。
音楽 ”聖書という窓”


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