天に蓄える宝 ― 失われないものを抱きしめる

み言葉

「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天に宝をたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。」(マタイ6章19–20節)

イエスが言う「宝」とは、心の奥で私たちが本当に大切にしているものです。名声や成功や所有物は、手に入れた時は輝いて見えても、時が経てば輝きは失われていきます。しかし、人を赦したこと、誰かの痛みに寄り添ったこと、静かに祈った夜、見返りを求めず差し出した優しさ、こういうものは朽ちず、奪われず、心の深いところに残り続けます。これが「天に蓄える宝」です。イエスは、消えていく物に人生を費やして疲れ果てる私たちを憐れみ、永遠に残るものを選んで欲しいと願われました。天に宝を置くとは、目に見えない価値を抱きしめること。愛、誠実、祈り、赦し、これらは静かに積み重なり、やがて人生の光となって私たちを守ります。心の倉に光が差し込む時に、私たちの歩みも静かに変わっていきます。そして、私たちの魂が天へ帰るとき、積み重ねたそれらの宝は、全て光となって私たちを包みます。こんなすばらしい言葉を私たちに与えてくれてありがたいですが、私たちはどうでしょうか。打算、欲深、名声、金、出世、人気、見栄え、世間体・・こんなものにとらわれていませんか。大切なものに気付かせてくれる聖書は貴重な書物だと思います。

音楽 ”天に蓄える宝は永遠に輝く”
この曲は、地上で手に入る物より、心の奥に静かに積み重なる“永遠に残る宝”を歌っています。赦しや祈りや優しさといった目に見えない価値が、天の倉にそっと置かれ、魂を光へ導いていく。このようなことイメージして、美しい旋律に重ねました。地上の輝きが消えても、愛から生まれた宝は失われません。私たちの魂が天へ帰る時に全てを悟り、それが私たちを包む光となります。

音楽 ”天に蓄える宝は永遠に輝く”

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