2026-06

神さま

心の倉 ― 心にしまい込んだものが人を変える

「良い人は、良い倉から良い物を取り出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を取り出すものです。」(マタイ12章35節)聖書が言う「倉」とは、心の奥にあるものを“しまい込む場所”のことです。そこには、日々の経験や言葉、誰かの態度、幼い頃の傷、ふと受け...
み言葉

聖書という窓 ― 神の世界を覗き込む

「わたしの目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください。」(詩編119編18節)人には、神も、神の世界も実感できません。目に見えず、触ることができず、科学で測ることもできないからです。だから...
神さま

神から離れる心 ― 人はなぜ神を拒むのか

「全能者が何者なので、私たちは彼に仕えなければならないのか。私たちが彼に祈って、どんな利益があるのか。」(ヨブ記21章15節)人は苦しみの中で、この言葉を胸の奥にそっと抱えます。祈っても変わらない現実、生まれた理由の見えない重さ、報われない...
神さま

生きるという十字架 ― 神はその葛藤をどう見ておられるのか

「形造られた者が形造った者に対して、『あなたは、なぜ、私をこのようなものにしたのですか』と言えるのでしょうか。」(ローマ9章20節)人は誰しも「なぜ自分は生きているのか」と問い、時に「産めと頼んだ覚えはない」と心の奥で叫びます。生きることが...
み言葉

沈黙の奥で動く神 ― 喜びも悲しみも抱かれて

「あなたが、この王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」(エステル4:14)エステル記には神の名が一度も登場しません。奇跡も預言も語られず、ただ人の決断と恐れが物語を進めていきます。しかし、その沈黙の背後には、確かに...
み言葉

なぜサタンは消されないのか ― 荒野での誘惑に勝ったイエスの物語

「さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。」(マタイ4:1)サタンがイエスを誘惑した。この話を聞くと、誰もが一度はこう思います。「神は、なぜサタンを消してしまわないのか?」、「最初からいなければ、誰も苦し...
神さま

気付きの時 ― 心に触れる神のまなざし

「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」(ヨハネ8:32)日々の人生は悩みが尽きず、どうにかならないかと悩みます。神から見たら滑稽なのかもしれないですが、悟ることは簡単にできないし、心はいつも揺れてしまいます。でも、そん...
神さま

ゆだねるという救い ― 十字架で語られた最も静かなみ言葉

「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」(ルカ23:46)十字架の上でイエスが語られたこのみ言葉は、あまり注目されません。「完了した」の陰に隠れ、ただ“最後の祈り”として読まれることが多いからです。でも、この一言には、救いの本質が静かに凝縮され...