現代社会では「もっと成功したい」「もっとお金が欲しい」と思うことは自然なことです。仕事、投資、副業、キャリアアップ…。しかし聖書は、富を追い求めることの危うさと、真の豊かさについて深い知恵を与えてくれます。では、現代人は富を追い求めてはいけないのでしょうか。
「富を得ようと苦労してはならない。自分の悟りによって、これをやめよ。」(箴言23章4節)
富を得るために全てを犠牲にすることは、聖書が警告する生き方です。努力そのものは尊いですが、富を人生の中心に置くと心が疲れ、真の幸せを見失います。ここで「自分の悟りによって、これをやめよ」とは、人間の知恵を働かせて、富への執着をやめることを意味しています。
「あなたがこれに目を留めると、それはもうないではないか。富は必ず翼をつけて、鷲のように天へ飛んで行く。」(箴言23章5節)
富はまるで鷲のように、あっという間に飛び去ってしまうものだと聖書は語ります。株価の変動、経済の不安定さ、会社の倒産、予期せぬ災害や病気…。どんなに築いた財産も、一瞬で失われる可能性があります。だからこそ、富に執着するよりも、心の平安や人との絆、神との関係を大切にすることが本当の豊かさにつながります。
「金銭を愛する生活をしてはいけません。今持っているもので満足しなさい。主ご自身がこういわれるのです。『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない』」(ヘブル13章5節)
ここでは「金銭を愛する生活をしてはいけない」と明確に語られています。富そのものが悪ではありませんが、それを愛し、依存することが危険なのです。神が共にいてくださることこそ、最大の安心であり、真の豊かさです。
「だれも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」(マタイ6章24節)
イエスは「神と富の両方に仕えることはできない」と語りました。富を追い求めること自体が問題ではなく、それを人生の主人にしてしまうことが危険なのです。富は手段であり、目的ではありません。本当の豊かさとは、持っているものではなく、どう生きるかにあります。人との信頼関係、心の安らぎ、そして神への信仰。これらは富のように消え去ることはなく、人生を支える土台となります。
あなたは今、何に心を注いでいますか。富そのものですか、それとも心の豊かさでしょうか。聖書は「富を求めるな」と言うのではなく、「富に心を奪われるな」と語っています。富は必要ですが、それ以上に大切なのは自分の心に正直に向き合って、神や他者との愛の中で歩む人生です。
音楽「富より神に仕える」
この曲は、聖書の知恵をもとにしたメッセージソングです。富に仕えても、富は鷲のように飛び去ってしまうことを歌い、真の豊かさは心にあることを伝えています。主と共に歩む信仰、信頼と愛が人生を支えるというテーマを、シンプルな言葉で表現しました。ぜひ聴いてみてください!
音楽 ”富より神に仕える”


コメント