私たちは人生のどこかで、「神はなぜ世界を創られたのか」「私がここに存在する理由は何なのか」と問いかけます。聖書は創造の“理由”を体系的に説明してはいません。しかし、聖書全体を読むと、神がどのような思いで世界を創り、人を造られたのか、その“方向性”が静かに浮かび上がってきます。神学者たちは長い歴史の中でこの問いに向き合い、愛・栄光・自由意志という三つの軸から創造の意図を探ってきました。聖書は沈黙しているようでいて、実は深いヒントを与えてくれます。
「初めに、神が天と地を創造した。」(創世記1:1)
創造の理由は明確に語られていませんが、これは聖書の特徴でもあります。聖書は“神の心理の説明書”ではなく、“神と人間の関係の物語”だからです。創造の動機が語られないのは欠落ではなく、むしろ読者に「あなたはこの世界でどう生きるのか」と問いかけるための余白なのだと多くの神学者が理解してきました。しかし、この余白の中に、聖書はいくつかの光を投げかけています。その一つが「神の栄光」です。
「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。」(イザヤ43:7)
ここにはっきりと、「神はご自身の栄光のために創造した」という聖書のみ言葉が示されています。“栄光”とは、神の本質・美しさ・善さが輝き出ること。世界の秩序、自然の美、人間の知性や創造性─それらは神の栄光を映し出す鏡です。創造の理由が余白として残されている一方で、「創造は神の栄光の表現である」という軸は、聖書の中で確かな線として浮かび上がります。
「愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。」(Ⅰヨハネ4:8)
神の本質が愛であるなら、愛は必ず向かう先を求めます。愛は流れ出し、関係をつくり、相手を生かします。神が世界と人間を創造したのは、愛があふれ出した結果であるという神学的理解があります。神は欠けていたから創造したのではなく、満ちていたから創造した─この視点は、あなたの存在が“必要だから”ではなく“愛されているから”という理由で成り立っていることを示します。ここで一つ補足すると、神の愛と神の栄光は矛盾するものではありません。むしろ同じ方向を向いています。神があなたを愛することで、あなたが生き、成長し、喜びを得る。その姿が神の栄光を映し出します。つまり、神があなたを愛することは、神の栄光が現れることでもあるのです。神の栄光とは“神が自己中心である”という意味ではなく、神の愛が世界に満ちるとき、その愛の輝きが栄光となるという理解です。あなたが愛され、価値ある存在として生きることは、神の栄光がこの世界に現れる一つの形なのです。
「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」(詩篇19:1)
自然界の美しさ、生命の神秘、人間の知性─それらは神の栄光を映し出す鏡です。創造は神の栄光の自己表現であり、世界そのものが“神の物語”を語っています。今日あなたが見上げる空も、風も、光も、すべてが「あなたは一人ではない」と語りかけています。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
創造の理由が明確に書かれていないのは、神が“動機”よりも“関係”を大切にしているからかもしれません。聖書は「あなたがどれほど価値ある存在か」を語ることに重点を置いています。神はあなたを必要だから造ったのではなく、あなたを愛しているから造られたのです。そしてその愛は、神の栄光と矛盾するどころか、あなたが愛されて生きる姿こそ、神の栄光を最も美しく映し出すと神学は語ります。
「父がわたしを愛されたように、わたしはあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。」(ヨハネ15:9)
神は世界を創り、人を造り、そして「愛している」と語られました。創造の理由が完全に理解できなくても、神の愛は確かにあなたの人生を包んでいます。神学的には「創造は神の自由な意志による行為」とされます。つまり、神は必要に迫られたのではなく、自由に、喜びをもって、あなたを存在させたのです。
神が世界を創られた理由は、聖書の中で“余白”として残されています。しかし、その余白は不親切さではなく、「あなた自身が神と向き合い、人生の意味を探すためのスペース」として与えられています。神学的探究はこの余白から始まり、愛・栄光・自由という三つの光を通して、創造の意図を少しずつ照らしてきました。
あなたは偶然ではなく、愛の中に生まれ、愛の中で生きています。そしてその愛の中を歩むあなたの人生は、神の栄光を静かに映し出しています。
音楽「愛の足跡」
この曲はという根源的な問いをテーマに、世界の始まりにある愛をたどりながら、人は偶然ではなく神の思いの中で生まれた存在であることを歌っています。天と光が語る神のしるし、心にひらく喜び、そして問い続けることそのものが神との対話になるというメッセージが込められています。聴く人が自分の存在の意味と価値をあらためて感じられるような、優しく力強い楽曲です。ぜひ聴いてみてください!
音楽 ”愛の足跡”


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